現地報告・コロナ危機と戦う欧州経済 第6回(最終回)    | イノベーション創出のヒント JMA GARAGE

現地報告・コロナ危機と戦う欧州経済 第6回(最終回)
   

元NHKワシントン特派員で、ドイツ在住30年目のジャーナリストが、中国に次ぐ新型コロナウイルス拡大の第二の震源地となった欧州から、パンデミックとの戦いについて報告する。

EU首脳会議、激論の末巨額のコロナ支援策で合意
EUが共同債の発行で初めて「借金」へ

EU加盟国首脳は7月21日未明、約6日に及ぶマラソン会議の結果、1兆8000億ユーロ(216兆円・1ユーロ=120円換算)規模の対コロナ危機パッケージの内容について合意した。EUはこれまでタブーだった共同債を例外的に発行して異例の借金を行うが、パンデミックで最も激しい被害を受けたイタリアやスペインなどに対する援助金は、欧州北部の国々の反対のために、大幅に減らされた。このサミットは、コロナ危機という非常事態でも、欧州の南北を分断する亀裂を浮き彫りにした。

最大の難関は、「60兆円贈与」

1兆8000億ユーロの支援パッケージは、第二次世界大戦後の欧州で最大の額だ。この内1兆740億ユーロ(129兆円)はEUの7年間の予算枠の中から支出される。コロナ危機による経済損害の悪影響を緩和するための緊急支出は、7500億ユーロ(90兆円)である。
当初7月17日・金曜日と18日・土曜日で終わる予定だった首脳会議での交渉が難航して、4日も伸びた最大の理由は、この7500億ユーロの内訳だった。
当初EUは、7500億ユーロについて画期的な提案を行った。5月27日にEUが行った提案によると、この内の5000億ユーロ(60兆円)をEUが「共同債」を発行して、国債市場で資金を調達する。EUが借金をするのは、初めてだ。
さらにEUは、「欧州の連帯と団結」を示すために、この5000億ユーロを、イタリアやスペインなどパンデミックによる被害が最も深刻な国に対して供与することを提案した。この5000億ユーロは、いわば「贈与」。つまりイタリアやスペインなど、この支援金を受け取った国々は、返済する必要がない。残りの2500億ユーロについては、通常の融資で、支援された国は返済を求められる。

メルケルとマクロンが提案

この大胆な提案は、ドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領が5月18日に行った共同提案に基づくものだ。この提案は、世界中の金融市場を驚かせた。その理由は、「EUの共同債」に反対していたドイツのメルケル首相が、態度を180度変えてEUが借金することを容認したからだ。
なぜドイツは「EUの国債市場での資金調達」に頑なに反対してきたのか。イタリアやスペインは、ユーロ圏加盟国が共同で国債を発行するユーロ共同債(ユーロ・ボンド)もしくは、コロナ共同債(コロナ・ボンド)の発行を求めていた。ユーロ・ボンドかコロナ・ボンドを発行すれば、イタリアやスペインにとっては資金調達コスト(つまり債権者に払う利回り)が現在よりも少なくなり、借金をしやすくなる。EUという信用度の高い大所帯が加盟国を代表してお金を借りるとすれば、イタリアやスペインなどが個々に行うよりも、有利な条件で資金を調達できるかもしれない。
これまでフランスのマクロン大統領も、「欧州の政治的団結を深めるためには、EUによる資金調達が必要ではないか」として、イタリアやスペインの立場に理解を示してきた。

メルケルが「EUの借金」を容認

だがドイツにとって、ユーロ・ボンドやコロナ・ボンドは禁忌(タブー)だった。その理由は、万一イタリアやスペインが債務を返済できなくなった場合、ドイツなど他の国々が返さなくてはならない債務が増える可能性があるからだ。
これは、欧州通貨同盟を規定するリスボン条約に違反する行為だ。リスボン条約は、いわゆる「ノー・ベイルアウト条項」によって、欧州通貨同盟の加盟国が他の国の債務を肩代わりすることを禁じている。
1990年代にドイツ国民は、マルクを廃止してユーロを導入することについて消極的だった。ドイツ国民がしぶしぶ欧州通貨同盟への参加に賛成した理由は、当時のコール政権が「ドイツがイタリアなどの債務を肩代わりすることは絶対にない」と保証したからだ。つまりユーロ・ボンドやコロナ・ボンドは、1990年代に当時のコール政権が国民に対して行った約束を反故にする可能性を含んでいる。これが、メルケル首相が共同債の発行について頑なに反対してきた理由だ。
だがメルケル首相は、「コロナ危機は欧州にとって、第二次世界大戦以来最大の試練であり、被害を受けた国々に手を差し伸べる必要がある」として、例外的にリスボン条約の122条が認める「緊急事態条項」の適用に同意した。第122条は、大規模な自然災害のような緊急事態が起きた時に、欧州通貨同盟が特別な援助措置を実施することを認めている。

背景に南欧諸国の財政悪化

メルケルが「EU共同債容認派」に転向した背景には、コロナ危機によって南欧諸国の経済状態、財政状態が悪化しているという事実がある。
EU統計局によると、今年第1・四半期のイタリアの実質GDPは4.7%、スペインでは5.2%も減少した。これはドイツのGDP減少率(2.2%)を大幅に上回る。
その理由は、新型コロナウイルスの感染者や死亡者数がドイツよりも多かったために、ロックダウンがドイツよりもはるかに厳しかったからだ。たとえばイタリアでは、感染者増加のスピードを抑えるために、一時食料品など生活必需品に関係のある業種以外の企業は営業を禁じられたが、ドイツではそのような措置は取られなかった。このため加盟国の経済状態の間に、格差が生じつつある。
EU統計局によると、2019年のイタリアの公的債務の累積残高は、GDPの134.8%とギリシャに次ぎユーロ圏で2番目に高かった。ドイツのメディア界では、コロナ危機の影響で、近くイタリアの債務比率が160%に達するのではないかという憶測が流れている。
2019年末の時点で、イタリアの公的債務残高は2兆4098億ユーロ(289兆円)で、ギリシャ(3311億ユーロ)の7.3倍だった。小国ギリシャはEUなどの緊急融資によって救われたが、万一イタリアの財政状態が急激に悪化した場合、救済には莫大な金額が必要になる。ドイツ、そしてEUは、コロナ危機が第2のユーロ危機になることを、絶対に避けなくてはならない。ロックダウンが緩和されると、各国間の被害の違いが露わになる。比較的経済損害が軽微なドイツに対し、イタリアやスペインの有権者の間で怨嗟と羨望の声が強まり、右派ポピュリスト政党にとって追い風になる可能性もある。このためメルケル首相は、本来使いたくなかった「EUによる資金調達」という特別なカードを切ったのだ。

「倹約家の国々」の抵抗

独仏そしてEUの気前のいい提案は、イタリアやスペイン政府を大いに喜ばせた。だがEU首脳会議の決議は、全会一致で行われなくてはならない。EUのフォンデアライエン委員長、メルケル首相、マクロン大統領の前に、アルプス山脈の北側に位置する「倹約家の国々」が立ちはだかった。
オーストリア、オランダ、デンマーク、スウェーデン、フィンランドの5ヶ国は、「5000億ユーロもの各国の市民からの血税を、イタリアやスペインなどに何の条件もつけずにプレゼントするのは危険だ。贈与額を減らして、経済構造改革などの条件付きの融資の部分を増やすべきだ」と主張した。
メルケルやマクロンが「今は、欧州の団結力の強さを世界中に示すべき時だ」と訴えても、「倹約家の国々」は頑として5000億ユーロを拒否し続けた。EU理事会の議長国であるメルケルは、7月19日には「会議が決裂する可能性もゼロではない」と悲観的な態度を見せていた。
結局、オーストリアなど反対派は、返済不要の贈与額を5000億ユーロから3900億ユーロに22%減らすことで、EUの提案を受け入れた。イタリアやスペインなどパンデミックの被害国の取り分は、1100億ユーロ(13兆2000億円)減ったことになる。

EUの亀裂を浮き彫り

マクロン大統領は、今回の合意について「欧州にとって歴史的な日だ」と称賛しているが、この6日間の各国が見せた対立は、欧州の大国と小国の間の亀裂を浮かび上がらせた。オーストリアのクルツ首相は、「大国であるドイツとフランスが提案すれば、他の国々が何でも承認すると思ったら大間違いだ」と述べた。この発言は、メルケルとマクロンによる「5000億ユーロ供与構想」について、小国に対する事前の根回しが不十分だった可能性を示唆している。
イタリアの市民の間では、オランダやオーストリアが今回の特別支援に横槍を入れたことに対し、怒りの声とEUに対する不満が強まっている。私のイタリア人の友人は「英国がEUを離脱した理由が、よくわかる」と怒りをぶちまけていた。
EUと独仏のもう一つの狙いは、世界の金融市場に対して「EUはどんなにコストがかかっても、加盟国を援助する」という姿勢を示して、コロナ・デフレの深刻化に歯止めをかけることだった。
EU首脳会議が合意までに当初の予定の3倍の日数を要し、決裂寸前のきわどい展開を見せたことは、パンデミックという100年に一度の危機に際しても、欧州がリーダーたちの望むほどには強く団結できないことを示した。やはり国民の血税がからむと、欧州でも「自国ファースト」の態度が鮮明になるようだ。

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Toru Kumagai

Toru Kumagai

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部に在学中、ドイツ連邦共和国にてAIESEC経済実務研修(Deutsche Bank、ドイツ銀行)、卒業後、日本放送協会(NHK)に入局、国際部、ワシントン支局勤務を経て、1990 同局を退職。ドイツ・ミュンヘン市に移住。ドイツ統一後の変化、欧州の安全保障問題、欧州経済通貨同盟などをテーマとして取材・執筆活動を行う。主な執筆誌「朝日ジャーナル」、「世界」、「中央公論」、「エコノミスト」、「アエラ」、「論座」など。主な著書に「ドイツ病に学べ」、「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ人はなぜ、150日休んでも仕事が回るのか」、「ドイツ人が見たフクシマ」、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」、「欧州分裂クライシス・ポピュリズム革命はどこへ向かうか」。 日経ビジネス・オンラインに「熊谷 徹のヨーロッパ通信」を毎月連載中。その他、週刊ダイヤモンド・週刊エコノミストにもドイツ経済に関する記事を隔月で掲載。 ホームページ:http://www.tkumagai.de
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