【現地報告・コロナ危機と戦う欧州経済 第4回】メルケル政権の景気刺激策はコロナ・デフレを防げるか? | イノベーション創出のヒント JMA GARAGE

【現地報告・コロナ危機と戦う欧州経済 第4回】
メルケル政権の景気刺激策はコロナ・デフレを防げるか?

元NHKワシントン特派員で、ドイツ在住30年目のジャーナリストが、中国に次ぐ新型コロナウイルス拡大の第二の震源地となった欧州から、パンデミックとの戦いについて報告する。

欧州各国では6月に入ってからロックダウンの緩和が一段と進み、今年3月から続いていたシェンゲン協定加盟国の間の国境検査も廃止された。だがパンデミックの第1波が欧州経済に与えた傷の深さは、刻一刻と明らかになりつつある。

欧州の工業生産額がコロナ危機で激減

6月12日に欧州統計局が発表した数字は、各国政府首脳や企業経営者たちを震撼させた。今年4月のEU諸国の工業生産額は、前月に比べて17.3%も減少したのだ。
新型コロナウイルスによる被害が最も深刻で、厳しいロックダウンが実施されたイタリアでは3月の工業生産額が前月比で28.4%、4月には19.1%も減った。同国よりもロックダウンがはるかに緩く、比較的損害が軽微だったドイツですら、工業生産額が3月に10.7%、4月には21%も減少した。

ドイツの輸出額の約60%は、EU加盟国向けだ。このため欧州諸国で経済活動が凍結された3~4月には、ドイツの製品に対する需要も激減した。輸出志向が強い同国の物づくり産業の窮状を浮き彫りにする数字だ。
4月には、ハンガリーやスロバキアなど、中東欧諸国の工業生産額が大きく減ったのが目立つ。これらの国には、西欧のメーカーのために部品や半製品の製造を行う企業が多い。西欧メーカーの生産活動が氷河期に入ったために、中東欧の下請け企業でも生産活動が縮小したのだろう。

雇用にも悪影響が出始めている。ドイツ連邦労働庁によると、今年5月のドイツの失業者数は281万3,000人。3月に比べると約48万人も増えた。この他、約700万人の労働者が受注不足のために自宅待機となり、給料の減額分の80%を国が負担する短時間労働制度(クルツアルバイト)の適用を受けている。受注が本格的に回復しない場合、自宅待機中の労働者たちが解雇されるのは、時間の問題だ。

独政府、1,300億ユーロの景気刺激策を発表

このためメルケル政権は6月3日に、リセッション(景気後退)の悪影響を緩和するための景気刺激策を閣議決定した。
政府はこの景気対策に約1,300億ユーロ(15兆6,000億円・1ユーロ=120円換算)を投入し、企業を倒産から守り、雇用の維持をめざす。コロナ禍で冷え込んだ、市民の消費意欲を回復することも狙いの一つだ。
パッケージの最大の目玉は、付加価値税の引き下げだ。メルケル政権は、今年7月~12月の6ヶ月間に限り付加価値税率を19%から16%に下げる。ドイツでは日本と異なり、パンや牛乳など食料品には7%の軽減税率が適用されているが、これらの商品については5%に引き下げる。
付加価値税の負担は、所得が低い人ほど重く感じられる。このため付加価値税率の引き下げは、低所得層にとって有利に作用する。
政府はこの減税によって、200億ユーロ(2兆4,000億円)の負担を減らす。ドイツで付加価値税が引き下げられたのは、今回が初めてだ。この決定は、多くの報道関係者や経済学者を驚かせた。
ただし、この減税が本当に消費を増加させ、景気の下支えにつながるかどうかは、未知数だ。今後失業者数は増えていく。雇用に不安がある人は、消費せずに財布の紐を固く締める。こうしてデフレ・スパイラルが始まる危険は高い。
また日本とは異なり、ドイツの付加価値税が内税である点も問題だ。税金が減っても、企業が小売価格を下げるという保証はない。付加価値税が減った後にも小売価格を変えなければ、収益は増える。政府は企業に対し、減税分を消費者に還元して商品の値段を下げるよう強制することはできない。「企業は他社に対抗して売上高を増やすために、商品の値段を下げるだろう」という予想もあるが、初の付加価値減税がどの程度市民の消費を促進するかは、ふたを開けてみないとわからない。

企業への資金援助と税制上の優遇措置

ロックダウンは、小売店、飲食業界、ホテル、イベント業界などに大きな打撃を与えた。このため政府はコロナ危機で売上高が大幅に減った事業所に対し、3ヶ月につき最高15万ユーロ(1,800万円)まで固定費用をカバーする。たとえば売上高が70%減った企業には、国がコストを80%まで支払う。メルケル政権は、この「つなぎ援助金」のために250億ユーロ(3兆円)を投じる。
また政府はコロナ対策として税制上の優遇措置を導入する。つまり企業は、今年生じたコロナ危機による損失を、2019年の税務申告の時に計上することを許される。そうすれば企業の2019年度の収益が減り、所得税を節約することができるからだ。ロックダウンによってキャッシュフローが減っている企業にとっては、重要な支援策だ。
さらに、子ども1人につき300ユーロ(3万6,000円)の「家族ボーナス」を支給して、市民の消費意欲を高める。総額は43億ユーロ(5,160億円)にのぼる。
コロナ危機は、市町村の財政をもピンチに追い込んだ。小売店や企業の売上高が激減したために、地方自治体の営業税収入も減っている。このため連邦政府は、地方自治体の営業税収入を最大59億ユーロ(7,080億円)補填する。
また地方自治体は、長期失業者に「ハルツIV」と呼ばれる給付金を払うだけではなく、家賃も支払っているが、連邦政府は40億ユーロ(4,800億円)を投じて、長期失業者の家賃を支払い、地方自治体の負担を軽減する。

自動車補助金で気候保護に配慮

自動車産業は、ドイツの物づくり業界の屋台骨だ。だが自動車メーカーは、コロナ危機で車への需要が激減したために、販売台数の低迷に苦しんでいる。そこでメルケル政権は、自動車メーカーの支援に踏み切った。
大連立政権の内、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は全ての車種について、新車購入補助金を出すべきだとしていた。
これに対し、連立パートナーの社会民主党(SPD)は、「温室効果ガスの削減努力をしている時に、ディーゼルエンジンやガソリンエンジンを積んだ車にも補助金を出すのはおかしい」と反対した。野党・緑の党や環境保護団体からも、内燃機関の車の購入を政府が補助金によって奨励することに反対する声が強まった。
その結果、メルケル政権は内燃機関を持つ車には新車購入補助金を出さず、価格が4万ユーロまでの電気自動車(EV)やプラグイン・ハイブリッド車を買う市民だけに補助金(6,000ユーロ=72万円)を出すことを決めた。つまりドイツ人たちは、コロナ対策においても、温室効果ガスの削減を重視したのだ。この支援措置には22億ユーロ(2,640億円)の予算が投じられる。ただしドイツ自動車工業会(VDA)は、政府が内燃機関の車に補助金を出さないことについて、強い失望を表明した。

再生可能エネルギー賦課金にも上限

ドイツでは、今年1月から再生可能エネルギー賦課金や、電力の輸送量である託送料金の増加により、電力料金が上昇している。電力コストの高騰は、特に低所得層の生活を圧迫する。
そこでメルケル政権は市民の負担を軽減するために、賦課金の額が上昇するのを防ぐ措置に踏み切った。現在再生可能エネルギー賦課金は電力1キロワット時あたり6.8セントだが、政府の補助によって2021年は6.5セント、2022年は6セントを超えないようにする。連邦政府はこの措置のために11億ユーロ(1,320億円)を投じる。
ドイツは、欧州で電力料金が最も高い国の1つだ。再生可能エネルギー賦課金の上昇は、化学工業、製鉄業、アルミニウム工業などエネルギーを多く消費する業界にとって悩みの種となっている。このため賦課金への上限設定は、産業界にとって朗報である。
一部のメーカーからは、再生可能エネルギー賦課金の廃止を求める声も上がっていた。メルケル政権が賦課金を廃止しなかったのは、電力消費量に再生可能エネルギーが占める比率(2019年末の時点で42.1%)を2030年までに65%に引き上げるという目標を達成しなくてはならないからだ。コロナの時代にも、地球温暖化の防止は重要な政策課題である。

経済活動再開とともにクラスターも増加

3月・4月に比べてウイルスの拡大は下火になっているが、油断は禁物だ。ドイツではロックダウンが緩和されて以来、あちこちで大規模な集団感染(クラスター)が見つかっている。6月中旬にはノルトライン・ヴェストファーレン州のギュータースローの食品加工場で1,000人を超える感染者が見つかり、閉鎖された。連邦軍の衛生兵たちが動員されて、従業員7,000人に対してPCR検査を実施している。ウイルスがこの工場の外でも広がっていることがわかった場合、州政府が工場の周辺地域にロックダウンを実施する可能性もある。
フランクフルトのある教会では、マスクを着けずに讃美歌を歌った信徒やその家族約200人がウイルスに感染した。ニーダーザクセン州のゲッティンゲンの高層団地では約100人の住民がウイルスに感染して、700人が隔離された。
6月以降、多くのドイツ人たちがテレワークから企業に戻りつつあるが、市民の間で新型コロナウイルスへの不安は消えていない。メルケル政権の鳴り物入りの景気対策が、企業や市民に安心感と勇気を与え、コロナ・デフレの暗雲を吹き飛ばすことができるかどうかは、いまだ未知数だ。
(以上)

The following two tabs change content below.
Toru Kumagai

Toru Kumagai

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部に在学中、ドイツ連邦共和国にてAIESEC経済実務研修(Deutsche Bank、ドイツ銀行)、卒業後、日本放送協会(NHK)に入局、国際部、ワシントン支局勤務を経て、1990 同局を退職。ドイツ・ミュンヘン市に移住。ドイツ統一後の変化、欧州の安全保障問題、欧州経済通貨同盟などをテーマとして取材・執筆活動を行う。主な執筆誌「朝日ジャーナル」、「世界」、「中央公論」、「エコノミスト」、「アエラ」、「論座」など。主な著書に「ドイツ病に学べ」、「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ人はなぜ、150日休んでも仕事が回るのか」、「ドイツ人が見たフクシマ」、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」、「欧州分裂クライシス・ポピュリズム革命はどこへ向かうか」。 日経ビジネス・オンラインに「熊谷 徹のヨーロッパ通信」を毎月連載中。その他、週刊ダイヤモンド・週刊エコノミストにもドイツ経済に関する記事を隔月で掲載。 ホームページ:http://www.tkumagai.de
Toru Kumagai

最新記事 by Toru Kumagai (全て見る)

JMA GARAGE最新情報
ご案内