【現地報告・コロナ危機と戦う欧州経済 第2回】独のロックダウン緩和の背景に経済状態の悪化 | イノベーション創出のヒント JMA GARAGE
FacebookTwitterYouTube
FacebookTwitterYouTube

【現地報告・コロナ危機と戦う欧州経済 第2回】
独のロックダウン緩和の背景に経済状態の悪化

元NHKワシントン特派員で、ドイツ在住30年目のジャーナリストが、中国に次ぐ新型コロナウイルス拡大の第二の震源地となった欧州から、パンデミックとの戦いについて報告する。

ドイツでは3月中旬以降、新型コロナウイルスの拡大速度を遅くするためのロックダウンが続いていたが、メルケル政権は5月6日にロックダウンを大幅に緩和する方針を発表。町には次第に活気が戻ってきた。

飲食店は再開されたが厳しい規則だらけ

 ドイツ南部の大都市ミュンヘン。ニュンフェンブルク宮殿の広大な庭園に、温室を利用した喫茶店「パルメン・ハウス」がある。この喫茶店はロックダウンのために約2ヶ月にわたって閉鎖されていたが、政府の緩和宣言を受けて5月18日に、屋外の喫茶店のみ営業を再開した。しかしその雰囲気は、ロックダウンが始まる以前とは似ても似つかぬものになった。
 初夏のような暖かい天気に誘われて、多くの人々が受付に並んでいる。受付では氏名と電話番号、メールアドレスを従業員に伝えなくてはならない。後になって客や従業員の中に感染者がいたことが分かった場合、カフェの経営者は他の客にそのことを連絡しなくてはならないからだ。
 また客は、常に他の客から最低1.5mの距離を取ることを求められ、従業員が指示した席につかなくてはならない。異なる世帯に住む人々は、二世帯まで同じテーブルにつくことを許される。客はテーブルについている時を除いて、マスクの着用を求められる。風邪の症状がある客は喫茶店に入ることができない。トイレの順番を待つ時も、前の客との間に距離を取らなくてはならない。また、客はなるべく現金を使わず、クレジットカードやデビットカードで飲食代を支払うよう求められる。
 感染防止のためにやむを得ないが規則だらけで、以前のように気軽にふらりと喫茶店に行けなくなった。

メルケル政権ロックダウンを大幅緩和

 アンゲラ・メルケル首相は5月6日午後、16の州政府の首相たちとのビデオ会議の後、ロックダウンの大幅な緩和策を打ち出した。
 それまでは面積が800㎡以下の店と自動車・自転車・書籍販売店だけが営業を許されていたが、客や店員のマスク着用義務や最低1.5mの距離を保つという条件の下で、全ての商店の営業が許された。ニーダーザクセン州やバイエルン州など4つの州では、今月末までにレストランやホテルの営業が徐々に再開される。ただしマスク着用や最低限の距離に関する義務の順守が条件だ。
 一部の州が他州よりも早くロックダウンを緩和できる理由は、ドイツが連邦制を取っているからだ。連邦政府は国全体の防疫政策の方向性を決めるが、感染症防止法の執行権限は州政府の首相が握っている。彼らの権限は、日本の県知事よりもはるかに大きい。ドイツ人たちはナチスの時代に権力を中央政府に集中させて失敗した経験を持っているので、地方分権を非常に重視している。
 3月23日以来続いている接触・外出制限令は6月5日まで継続されるが、条件は大幅に緩和された。それまでは家族を除き2人以上が集ったり一緒に外出したりすることは禁じられていた。だが現在では、2世帯の市民が一緒に食事をしたり出かけたりすることが許される。つまり2組の夫婦が一緒に散歩することが、7週間ぶりに可能になった。
 また学校や託児所も閉鎖されていたが、夏休みまでに子どもたちが少なくとも一度は学校などに戻れるようにする。さらに高齢者介護施設に住んでいる親類を訪問することも、許される。児童公園、博物館、動物園、理髪店、教会のミサなどは首相の発表に先立つ5月4日から再開された。屋外での集会も、参加者が50人までならば開催できる。
 ゴルフやテニスなど参加者が身体を接触させないスポーツも許された他、プロ・サッカー(ブンデスリーガ)も5月15日以降観客なしでプレーを再開した。
 全体として見ると、わずか1ヶ月前には考えられなかったほど、踏み込んだ緩和策である。

実効再生産数が低下

 連邦政府と州政府が、大幅緩和に踏み切った最大の理由は、ドイツが今のところ感染者の増加速度を遅くすることに成功しているからだ。1人の感染者が何人に感染させるかを示す実効再生産数(R)は、3月の最初の週には3を超えていたが、5月20日には0.88まで下がった。ドイツは毎日約5万人に対しPCR検査を実施している。3月、4月には感染者数の確認数が毎日2,000人~3,000人ずつ増えていた。だが5月に入ってからは、1日あたりの感染者増加数が1,000人を割る日が増えてきた。5月20日には、1日の新規感染者が797人まで落ち込んだ。
 また4月中旬には、2,000人を超える市民が病院の集中治療室で、人工呼吸器を使った治療を受けていたが、5月20日はその数は半分以下の672人まで減っている。
 この国では、イタリアやスペインのように重症者の数が増えて、人工呼吸器が足りなくなるような状態は起きなかった。
 メルケル首相は「我々は、パンデミックの第1期をうまく乗り切ることに成功した。感染拡大のスピードが下がったのは大半の国民が規則を守ったためだ。そして保健所職員たちがウイルス検査や感染経路の割り出しに尽力したためだ」と述べ、市民と保健当局に対して感謝の意を表わした。
 実際、大半のドイツ市民は理性的に行動した。大半の市民は、3月23日に政府が厳しい罰則付きの接触・外出制限令を施行する1週間前から、自発的に外出を控えるようになった。あるウイルス学者は、「3月15日頃には、ベルリンの繁華街でもすでに人通りが激減していた」と証言する。

ドイツ経済の「病状」が悪化

 メルケル政権がロックダウン緩和に踏み切ったもう一つの理由は、経済への悪影響が日に日に深刻化していることだ。
 ドイツ小売業協会(HDE)によると、食料品を除くと、営業禁止措置のために小売店業界が1日ごとに失う売上高は、11億5,000万ユーロ(1,380億円・1ユーロ=120円換算)に達していた。ドイツ商工会議所(DIHK)が4月3日に発表したアンケート結果によると、ドイツの企業・事業所の43%で業務が完全に停止していた。飲食店の91%、旅行関連企業の82%が全く営業していなかった。ホテル・飲食業連合会(Dehoga)は「4月末までに、100億ユーロ(1兆2,000億円)の売上額が失われる。このままでは、会員企業の3分の1に相当する約7万の企業や飲食店が倒産するだろう」と警告していた。
 コロナ危機は、国や地方自治体の財政にも大きな影を落とす。5月14日に連邦財務省のオラフ・ショルツ大臣は、「2020年の税収は、去年10月に見積もった額に比べて約990億ユーロ(約11兆8,800億円)減る」という厳しい見通しを明らかにした。財務省は5年単位で税収を予測するが、2020年から2024年までの税収見積もりの減額分は、約3,160億ユーロ(約37兆9,200億円)に達する。5月5日にドイツ地方自治体会議も「ロックダウンの影響で、営業税収入が200億ユーロ(2兆4,000億円)減る」と予測していた。
 コロナ危機は、雇用にも深刻な影響を及ぼしている。ドイツ連邦労働庁が4月30日に発表した統計によると、ドイツの失業者数は3月には約234万人だったが、ロックダウンの影響で4月には約30万人増えて約264万人になった。ドイツでは通常4月になると悪天候の日が減って建設労働者が働きやすくなるため、失業者数は減る。つまり4月に失業者数が約13%増えるのは、極めて異常な事態だ。

自宅待機労働者の数がリーマン不況時の3倍に

 また多くの企業ではロックダウンのために業務ができなくなったり、受注が激減したりしたため、社員に自宅待機を命じた。ドイツには不況によって失業者が急増するのを防ぐために、短時間労働(クルツアルバイト)という制度がある。自宅待機を強いられている社員の給料の減額分の最高80%(子どもがいる人の場合87%)まで、政府が支給する。4月末の時点で、約75万社がこの制度の適用を申請した。クルツアルバイトの枠の中で自宅待機している就業者の数は約1,000万人にのぼる。これはリーマンショックの時の約3倍だ。
 ドイツ連邦経済エネルギー省のペーター・アルトマイヤー大臣は、4月29日の記者会見で、同国の経済について極めて悲観的な見通しを明らかにした。大臣は「ドイツの今年の国内総生産(GDP)は6.3%減少し、第二次世界大戦後、最悪の景気後退になる」という予測を発表したのだ。2009年のリーマンショックによる不況では、ドイツのGDPの減少率は5.7%だった。つまり政府はコロナ危機による経済的な打撃が、11年前の景気後退を上回ると見ているのだ。
 ロックダウンの影響で個人消費は7.4%、企業の設備投資額は15.1%も減ると予想されている。(続く)

● ドイツの実質GDPの推移

※2020年と2021年はドイツ政府の予測
資料=欧州連合統計局・ドイツ連邦経済エネルギー省
https://ec.europa.eu/eurostat/databrowser/view/tec00115/default/table?lang=de

The following two tabs change content below.

Toru Kumagai

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部に在学中、ドイツ連邦共和国にてAIESEC経済実務研修(Deutsche Bank、ドイツ銀行)、卒業後、日本放送協会(NHK)に入局、国際部、ワシントン支局勤務を経て、1990 同局を退職。ドイツ・ミュンヘン市に移住。ドイツ統一後の変化、欧州の安全保障問題、欧州経済通貨同盟などをテーマとして取材・執筆活動を行う。主な執筆誌「朝日ジャーナル」、「世界」、「中央公論」、「エコノミスト」、「アエラ」、「論座」など。主な著書に「ドイツ病に学べ」、「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ人はなぜ、150日休んでも仕事が回るのか」、「ドイツ人が見たフクシマ」、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」、「欧州分裂クライシス・ポピュリズム革命はどこへ向かうか」。 日経ビジネス・オンラインに「熊谷 徹のヨーロッパ通信」を毎月連載中。その他、週刊ダイヤモンド・週刊エコノミストにもドイツ経済に関する記事を隔月で掲載。 ホームページ:http://www.tkumagai.de
【タイムフリー・オンライン配信】 「【現地報告】コロナ・パンデミックと戦う欧州諸国 ~アフターコロナを探る~」 詳細はこちらから 配信期間:2020年7月31日(金)17:00まで

最新記事 by Toru Kumagai (全て見る)

JMA GARAGEお問い合わせ
JMA GARAGE最新情報
ご案内