#1 クレオパトラと経営計画 ー 伝統国エジプトは新興国ローマに屈した | イノベーション創出のヒント JMA GARAGE
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#1 クレオパトラと経営計画 ー 伝統国エジプトは新興国ローマに屈した

「本コラムは去る4月27日に開催され、好評を博した『【グローバル戦略投資を考える】クレオパトラの経営計画から学ぶ ~ダイナミックな企業変革と戦略投資のためのレッスン~』でお伝えした要点をわかりやすく解説したものです。」

クレオパトラ(七世)は極めて魅力的で、会った人を夢中にさせる人物だった。敵意を隠して乗り込んできた相手ですら考えを改め、支持者に変わったという。それは美貌よりもむしろ知性によるところが大きかった。歴史は勝者に都合良く書き換えられる(i.e.不都合なアントニウスの手紙は焚かれた)。また「ブルータスお前もか」はシェイクスピア劇のセリフだが、史実と勘違いしがちだ。日本は弥生中期(まだ文字がない)、ヒエログリフの碑文・コイン・散発的な(後代の)ローマ側の(ねじ曲がった)文書などしかない。誰も事の真実を知らないのだ。
なぜ優れた科学技術と整った社会制度を持ち、水際立った才能のトップを戴くエジプトは、不健康で粗野で腕っぷしの強いローマに屈したのか?彼女がエジプト国のCEOとしてどう采配を振るったのか?伝統企業が新興企業に敗れる物語、あるいは同族企業をめぐる話として読んでみてはどうか、というのが今回のテーマである。

洗練された伝統企業エジプト vs. 成金の新興企業ローマ

人口100万人近いアレクサンドリアは地中海交易の核であり、東洋と西洋が出会うコスモポリタンの都だった。空前絶後の「図書館」には50万冊ものパピルスの書物があり、元本を没収し、写本にしてそちらを返すというやり方であらゆる知をアーカイブした。「ムーセイオン(高等学術研究所)」に集まった科学者たちはさしずめノーベル賞やフィールズ賞(数学)の受賞者が列をなしている光景で、太陽系や円周率、脳の働きや脈拍、解剖学と生理学の基礎を生んだ。かのユークリッドやアルキメデスらも歩いた大通り沿いには多くの劇場が並び、マケドニア系ギリシア人、エジプト人、ユダヤ人、フェニキア人たちで賑わった。ファロス島には”世界七大不思議”の高さ134m(ほぼ30階の高層ビル)の大灯台が聳え、さながら地中海の真珠のようだったという。
しかし、古代エジプトはこれほどの文化・文明の頂点にいながら、そして豊かなナイルの穀倉地帯を抱えながら、科学知識に明るく聡明だったクレオパトラを最後に、歴史から消滅した。この伝統ある大文明国を滅ぼし、私物化したのは、血みどろの内乱で武力を磨きあげた新興国家ローマだった。
日本の「失われた20年」は、誰にでもあるスランプの時期といって済ますことはできない。R&D投資に積極的で、高等教育にも熱心、技術インフラは世界トップ、しかも環境変化に適応しようという意思がある。GDP世界3位・ノーベル賞受賞者数では7位ではあるものの、実際のところ停滞は誰の目にも明らかだ。エレクトロニクス産業がモジュール化の渦に呑み込まれ、大黒柱の自動車産業も正念場を迎えている(がんばれ)。デジタル競争(コンピューティングとアルゴリズム)では遅れをとった。ITツールや技術の導入、IT専門幹部を雇用して“DXしている”つもりの企業は多いが、先進企業のスピードについていっていない。「デジタル・リソースによってあらゆるプロセスとビジネス・モデルを書き換える」べきだが、既存の販売方法や組織、サプライチェーンなどの刷新は、自分達のレガシーを脅かす。今まで投下してきた資産を捨てるのは感情面からも難しいものだ。コンコルドやイリジウムの誤謬を笑うことはできない。
とまれかくまれ、武力国家ローマとキャッシュリッチなエジプトの話である。GAFAのような新興企業、優れた潜在的資産が眠る日本の伝統企業との対比にならないことを願うばかりだ。

女性CEOとしてのファラオ

女王というとシンボル的で国家友好活動の人で、政治や実務に関係しないイメージだが、クレオパトラはまったく違った。香を焚き、花びらを浴槽に浮かせて湯浴みし、権力者をたぶらかし、恍惚とさせる砂漠を眺め、贅にうつつを抜かしていたわけではない。むしろ多忙の極みにあった。彼女は中央集権国家(旧ソ連の官僚組織を思い浮かべるといい)の独裁的トップであり、自ら所有する膨大な土地の収穫を管理し、工場(紡績は大成功した)を運営し、税金を定め(ワイン16%・漁獲量20%とか交易課税も)、通貨(初めてデザインによって貨幣価値を決めたのは彼女だ)を発行し、メンフィスやテーベの神殿ではイシスの娘(生きる神)であり、腐敗した役人を飛び越して届けられる訴えを眼前で捌き、戦いとなれば最高司令官となった。
父(12世)の死後18歳で女王に就いたクレオパトラだが、それは習慣によって弟(13世)と共同統治であった。だが間もなく暗殺の危険を察知してシリアに逃れることになる。奪還のプランを温めていた21歳の時、表舞台に登場してきたカエサルに出会う。13世とは違って、彼女はローマとのパートナーシップによってエジプトの安寧を担保するという現実家だった。つまり「強者と組む」という賢明な戦略を採用したのだ。
プトレマイオス朝の歴代の失策と内紛によって、エジプトは覇権を失って傾きかけており、王朝の体制が綻んでいた。さしずめ債務超過のうえに取引先からの無理難題を押し付けられ、競争環境も激化している渦中の経営者就任であった。経営者としてのクレオパトラの能力を推察させるものとして、その治世において、上エジプトでの反乱は起こっていないことが指摘できる。
カエサルとは共に夢を見ただろう。二人ともギリシア文化の素養を備え、その間に生まれたカエサリオン(プトレマイオス15世)は、東洋と西洋との統合というアレキサンダー大王さえも達しえなかった夢を叶えるはずだった。だが、内部にも敵がおり、互いに背負っている背景は全く異なるものであった。異文化で難儀するM&AにおけるPMIに似て、パートナーシップ確立は難しい。それはユリアヌス帝もアラビアのロレンスも東洋と西洋の融合に失敗したように、歴史が証明しているかのかも知れない(図1)。

図表1 パートナーシップ戦略 ー 目的とメンタリティの違い

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Masatsugu Shibuno

代表取締役クロスパシフィック・インテリジェンス
岡山市生まれ。事業会社で約20年にわたって戦略投資にかかわり、M&A、PMI、米国事業再生、日米での新規事業開発、グローバル戦略マネジメントなどを担当。元リコー理事、リコーアメリカズホールディングス社長。 2018年2月、株式会社クロスパシフィック・インテリジェンスを日米4名で共同創業、代表取締役に就任。日本の事業会社に「Best-suited Growth」を届ける。 北米市場のグリーンフィールド調査、クロスボーダーM&AとPMIコンサルなどがメイン。 2019年10月に米国事務所を法人化(Cross Pacific Intelligence, Inc.)

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